爆心地関連エントリー

爆心地。

わずか数百メートル上空で炸裂したのだそうです。

爆心地。

原爆の生き証人??:原爆の爆心地「島外科」

原子爆弾が炸裂した爆心地。広島市中区大手町1丁目、ここには現在は島外科という病院が建っています。爆風と熱で完全に焼き払わ ... 島外科付近では被爆建物はなくここが爆心地であるという説明板のみがあるだけです。当時は70年以上に渡っ ...

原爆の生き証人??:原爆の爆心地「島外科」

桜満開! 長崎原爆 爆心地公園 今日の句

... (爆心地公園のIT検索より) 背景にメタセコイヤ、桜などの木々と母子像です。 木樹の桜 保育園児の観桜の散歩です。 太陽の光を受けた桜です。 撮影中に白ライオンのような犬が散歩に来ました。 ...

桜満開! 長崎原爆 爆心地公園 今日の句

爆心地

実は最近まで、知らなかった爆心地。 通りがかりに空を見上げてみました ココチズ♪ 【日記の最新記事】 105円 快晴 塩ラムネ キットカット 沖縄限定 南国マンゴー チロルチョコ。みたらしだんご

爆心地

いつも心は爆心地

5日ぶりに出勤したかものはし。 5日も休むと、ちょっとしたプーさん気分。 何時に寝ても何時に起きても自由じゃのぉ…という天国のような日々がついに終わり、6時に起きて7時に出勤の日々に戻りました。 ...

いつも心は爆心地

爆心地に関するニュース


MSN産経ニュース

イランの議長が長崎爆心地に献花 「核、全人類の脅威」
朝日新聞
イランのラリジャニ国会議長が27日、長崎市の原爆資料館や爆心地を訪れた。イランは核兵器開発が懸念されているが、ラリジャニ議長は「原子爆弾が一つでも世界に存在すると全人類の脅威になるとわかった。イスラム教の教えでは核兵器を含めたあらゆる大量破壊兵器は禁止 ...
ラリジャニ・イラン国会議長:来県 原爆資料館など訪問 /長崎毎日新聞
「核兵器は全人類の脅威」イラン国会議長が長崎訪問読売新聞
原爆投下は「真のホロコースト」 イラン議長が長崎訪問報告47NEWS

all 28 news articles »

核実験直後、爆心地へ接近=サハラ砂漠で「人体実験」-仏紙
時事通信
【パリ時事】16日付の仏紙パリジャンは、仏軍が1960年代初頭にアルジェリア(当時仏領)のサハラ砂漠で行った核実験直後、兵士を爆心地へ接近させ、核兵器の人間への「生理的・心理的影響」を調べていたと報じた。 同紙は「人間をモルモット代わりに使った」と批判 ...
仏、60年代に兵士使い人体実験 核爆発の影響調査47NEWS
フランスの核実験西日本新聞
仏核実験で「人体実験」、核爆発直後の砂漠で穴掘り 機密文書で明らかにAFPBB News
しんぶん赤旗 -中日新聞 -朝日新聞
all 31 news articles »

中国新聞

「黒い雨」最大で50ミリグレイ 京都大が被ばく線量推計
47NEWS
原爆投下直後の広島で降った「黒い雨」による被ばく線量は最大50ミリグレイで、爆心地から約2・1キロで直接被爆した場合と同じレベルになるとの推定結果を京都大原子炉実験所の今中哲二助教(原子力工学)らの研究グループが27日、広島市郊外の民家などの床下3カ所 ...
「黒い雨」援護地域外からセシウム137初検出 広島朝日新聞
黒い雨、被曝線量限度の50倍中国新聞

all 28 news articles »

被爆者の言葉 歌に
朝日新聞
原爆で妹を亡くし、自身も爆心地から1・3キロで被爆した細川浩史(こう・じ)さん(82)=広島市中区=が、同校で体験談を語った。児童らは来年3月までに、歌を完成させる。(加戸靖史) 発案したのは6年1組の小倉舞さん(12)。昨年春、平和学習で被爆者の証言 ...


被爆ピアノの演奏会 開催 「平和の尊さ考えて」 21日宗像市、22日は福岡市
西日本新聞
ピアノは、ヤマハ製のアップライト。1945年8月6日、爆心地から約1・8キロ離れた広島市内の民家で被爆、無数のガラスが刺さり、半数の鍵盤は動かなくなった。広島市出身のピアノ調律師矢川光則さん(57)が、所有者の依頼を受けて修理。以来、全国を巡り演奏会を ...
8月に被爆ピアノコンサート東海日日新聞

all 2 news articles »

爆心地旅行記

九州・山陰旅行(3日目:出島編)(by 離島民さん)

爆心地
7時半頃起床。しかし既にほとんどの人が出かけている様子。
出かける準備をして、朝食付だったので、下の食堂で朝ごはんを食べて、8時に宿を出る。あまりに早いので目の前の浦上天主堂はまだ見学できず。
歩いて市電の電停に向かい、その途中で平和公園に立ち寄り、歴史学用語でいう本来の「Ground Zero」(原爆の爆心地)を見学。
空を見上げると青い空に白い雲が浮かんでいた。ちょっと時間と日付はずれているけれど、あの夏の日もこんな空だったんだろうか。

その後、松山町から市電に乗って、出島で下車。8時から開いているというので丁度良い。
中には無料のコインロッカーなどもあり助かった。

江戸時代の建物を復元したものや、その後明治時代に建てられた洋館などもそのまま保存されていた。
思ったより楽しめたので、2時間もいてしまった。

【旅行時期】2008/08/11~2008/08/11
【エリア】長崎
【テーマ】
【投稿者】離島民

ちょいぶら長崎その三(by jujusmdさん)

爆心地
本日は港へ来ました。港内の海面の色は五十年前の昔と変わらず綺麗でした。長崎へ来ると時間を取って一人で必ず大波止へ来ます。その頃は長崎駅寄りに水産場が有り。沢山の漁船が停泊し魚を下ろしていました。いわし等はただでバケツいっぱい貰えました。雑然とした雰囲気でしたが船を見るたびにワクワクした気分になったものです。小学2・3年生の頃クラスの女の子のお父さんが乗る漁船が韓国に拿捕されたと授業中に連絡が有り泣きながら帰って行く顔が今でもなぜか忘れることが出来ません。水産場から大波止へは停泊する漁船群と立ち並ぶ倉庫群、エンジンの音、修理を行う音、クレーンの音、魚を満載したトラックの音しかし何故か人の声の思いでは有りません。岸壁と船の間で泳ぐ小魚、水中のもやいロープをつっく小魚、キラキラと海面で反射する太陽。大波止に着く。ここは桟橋が有り、造船所への通勤用の船、近い島や五島行きの船が出入りし今より多くの人がいました。夏休みには焼き印の木札を首から下げこの桟橋から「ねずみ島」まで毎日友達と船に乗り泳ぎに行った。おくんちには御旅所が出来た。龍踊り、傘鉾、鯨の潮吹き、唐人船、オランダ漫才、そして御輿。サーカス、見せ物小屋、出店が出現し父に連れられ、お小遣いを貰い空中ブランコ、大きなかごの中で動き廻るバイク、見せ物小屋のろくろ首、巻き玉式のピストル、そしてこの時期母がに作ってくれた甘酒。少し酸っぱくなりかけが好きで毎年、県外に出てからは帰るたびに作ってくれた甘酒。港を見ると何故か蘇る。いろんな国の船アメリカ軍の船その船の見学で、砂糖とミルクタップリのコヒーと厚いクッキー。こぼれた砂糖でべた付く床のもったいなさ今までこのときのクッキーが一番。ヨットハーバー小綺麗なレストランになっている所も倉庫が有り中で一人おじさんがみかんの缶詰にラベルを貼っている。聞くとアメリカへ売る。10円が1ドルになると説明してくれ、「食べんねー」と開けてくれた。その倉庫群の裏の電車通りを越した所に赤い煉瓦作りの建物が小学時代の最大の遊び場所だった。目覚町よりここまで歩いてきた。良く歩いた。電車賃往復20円大金でした。ここでは地球の歴史、雷の落方、魚の標本、江東区の地盤沈下の映画、中庭の池の魚、虫の標本、板張りの床と階段、ベランダの椅子。暑い暑い夏の一日。思いの時が詰まった忘れられない場所。ただ今は中に入ることが出来ません。港の海面とこの建物だけが変わらず残っていました。今回は行きませんでしたが登って遊んだ爆心地の鉄塔と平和記念像。故郷とは良き物で有ります。

【旅行時期】2008/04/05~2008/04/07
【エリア】長崎市その他
【テーマ】
【投稿者】jujusmd

広島、長崎(対馬も)、沖縄、北方領土、明治維新①~まず長崎(by 尾瀬リピーターさん)

爆心地
これからの日本を考える上で、行ってみるべきところを考えた。
広島、長崎(対馬も)、沖縄、北方領土そして明治維新関係と考える。
広島、北方領土は、まだ行ったことがないのだ。
今回は、帰省のことを考え、まず久しぶりに長崎に!
被爆関係を中心に訪ねた。

宿泊は、定宿の「東横イン」。
9月6日朝、長崎駅から、路面電車の1日乗車券500円を購入し、
まずは、浜口町下車。
地図を見ながら、一本足鳥居へ。
山王神社の二の鳥居が爆心地から800Mの地であった為、
1本が吹き飛ばされて、片方が残ったのだ。
残骸は、すぐそばに保存されている。
神社境内には、被爆の大きなクスノキがある。
本当にきれいに、きちんと整備されている。
犠牲者の慰霊碑もある。

さらに、長崎大医学部をへて、浦上天主堂へ。
途中に慰霊碑も。
9月初めのこととて、暑い。
20分ほどで浦上天主堂へ。いまは立派に再建されているが、
参道周辺、聖堂正面入口横などに当時の聖像等が残っている。
一礼して、犠牲者の冥福をいのる。

さらに、犠牲者の手当等にあたり、
亡くなった永井隆博士の記念館に行く。
歩いて10分くらいだ。
長崎市永井隆記念館・如己堂。
100円を払い、訪問者の独りとして、一筆書く。
如己堂は、博士が住んでいた、簡素なあずまやである。

この周辺は、爆心地近く、ほとんど建物は残っていなかっただろう。
永井博士が被ばくした医学部も近い。
如己堂から、平和公園へ。
もう30年以上前、平和公園と原爆資料館は、訪ねた。
平和公園は静かなところだ。
一角から、浦上天主堂も遠望できる。

さて、今回ぜひ訪ねたかった、城山小平和祈念館(被爆校舎)へ。
8月にテレビ朝日の番組で、
被爆後3か月アメリカ人が撮影した少女の消息を求めて、石原さとみが、
訪ねていたが、そこに城山小平和祈念館がでていた。
残念ながら、校舎内は入れなかったが、
校内で、被爆の木々等をみることができた。
テレビ番組は、8月2日放送の、
「原爆~63年目の真実~ 少女の足跡たどる」
  • http://www.tv-asahi.co.jp/genbaku/


  • 子供たちが、しっかり守っているのだ。
    城山小から、原爆落下中心地へ。
    中心地には黒い碑があり、また、浦上天主堂の遺壁が移されている。
    発掘された被爆当時の地層もある。

    昼飯は、長崎皿うどんと決めているが、
    どうも有名店はトッピングが多すぎる。
    原爆落下中心地近くの有名店を避け、さてどこにしようか。
    電車で一回りし、それでは出島方面へ。
    そうそう、県立美術館へ。
    翌日は、福岡県美術館で高島野十郎を見ることになっているのだ。

    長崎県美術館。いいけど、お金かけてます。
    福岡とは大違い。たしかにロケーションもベイサイドで抜群。
    屋上からの眺めもいい。
    でも中身です。
    山本森之助といういい画家の作品あり。
    ほぼ、高島野十郎ひとまわり上です。
    感じるものあり。
  • http://www2.ocn.ne.jp/
  • ~oine/character/yamamoto/yamamoto.html
    若くしてなくなっています。
    さて、昼は港ちかくで、「みろくや」の皿うどんを!
    リンガーハットもありましたが、長崎にきてますからね。
    800円で、まずまずでした。
    歩き疲れたので、2時過ぎの電車で博多へ。
    また、来てみたい長崎。
    今度は、平戸、福江、そして対馬でしょう。

    さて、翌日は、福岡県立美術館へ。
    ちょうど県展があり、
    高島野十郎作品は、4点のみ。
    でも、睡蓮の沼、あの自画像、蝋燭、静物画があり、
    ひとまず満足。
    小さな冊子をいただき、
    絵葉書を買った。ありがたい。

    時間があったので、母校の高校の運動会へ。
    同期生のT君とN君にばったり会う。
    スタンドの絵が、幼稚だな、意見一致。
    まるでアニメになっています。

    今回も有意義な旅だった。深謝!!

    PS 後日14日に、市川に野十郎の墓を訪ねた。
    小さいがいい墓だった。
    17日が命日である。合掌!

    【旅行時期】2008/09/06~2008/09/07
    【エリア】浦上・平和記念公園周辺
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】尾瀬リピーター

    パラオを知る旅 2008 2月3日(作成中)(by khkさん)

    爆心地
    第二次大戦でなくなった兵士へのお線香代わりにヤシの実を植えるツアー。今年で3回目の参加。今回植えたのは、ヤシの実でなく、キョウチクトウ。広島の爆心地、戦後70年は何も生えないと言われたところに、キョウチクトウが花を咲かせ、人々に希望をもたらしたといわれる、広島市の「市の花」でもある花です。これを日本から運び、コロール軍人墓地やペリリューの神社などに記念植樹し、祈りました。

    【旅行時期】2008/02/02~2008/02/07
    【エリア】パラオ
    【テーマ】大自然・動物
    【投稿者】khk

    長崎旅行記(by ぶうちゃんさん)

    爆心地
     2002年10月佐賀、長崎方面へ1泊2日の出張。初日は佐賀で所用を済ませて夕方長崎市内入り。初めての長崎、ガイドブック片手に一人で市内観光。夕方からの話で大して遠くにも行けず。翌朝7時にホテルを出発して平和記念公園へ。自分では一番乗りのつもりだったけど既に修学旅行の学生が来ていた。
     前年の8月に広島に行き今回は長崎。どちらも筆舌に表せぬ惨状、核爆弾の破壊力のすごさや被爆後の後遺症の恐ろしさ、人が人として死んでいくことのできない怖さを感じた。
     爆心地が教会と言うこともあるのか広島とは違った雰囲気の記念公園だった。

    【旅行時期】2002/10/03~2002/10/03
    【エリア】浦上・平和記念公園周辺
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】ぶうちゃん

    爆心地とは?

    爆心地とは、狭義には原子爆弾等の核兵器の爆発の中心地をさす。広義には強力な爆弾の爆発の中心地をさす。英語ではw:Hypocenter Hypocenterもしくはw:ground zero ground zeroと呼ばれる。
    歴史上実際に人の住む都市に落とされたただ2つの原爆、広島市・長崎市のそれを爆心地と呼ぶことが多い。また、原水爆の地上実験が行われていた時代にできた核クレーターの中心も爆心地とよばれる。
    ground zeroの最近の意味の変化については、グラウンド・ゼロの記事を参照のこと。
    広島市への原子爆弾投下
    長崎市への原子爆弾投下
    核兵器 はくしんち
    広島原爆 はくしんち
    長崎原爆 はくしんち
    Ground Zero
    Ground zero

    爆心地の詳細